「先生に言えない」をつくらない選手が痛みや不安を伝えられる教室へ
「痛いけれど、先生には言えない」「怖いと思ったけれど、言ったら怒られそう」 「休みたいと言ったら、やる気がないと思われるかもしれない」。 選手がそう感じている時、指導者にはその情報が届きません。 安全な教室とは、問題が起きない教室ではなく、問題の小さな段階で声を上げられる教室でもあります。
結論|「何でも言ってね」だけでは、言える教室にはならない
選手が痛みや不安を伝えるためには、言っても不利益がない、否定されない、必要な時には別の大人にも相談できるという経験と仕組みが必要です。
指導者と選手の関係には、年齢、経験、選抜、配役、試合出場、評価などを通じた力の差があります。 IOCの2016年セーフスポーツ・コンセンサスでも、スポーツにおけるハラスメントや虐待は、こうした権力差や、 沈黙・従属を当然とする文化の中で見えにくくなることが指摘されています。
なぜ選手は「先生に言えない」と感じるのか
「本人が言わなかった」だけでは、理由を説明できません。
評価される立場だから
先生が、クラス分け、試合出場、配役、選抜、進級などを決める立場にいると、「言ったら不利になるかも」と感じやすくなります。
期待を裏切りたくないから
真面目な選手ほど、「先生が期待しているから」「ここで休んだら迷惑」と考えて、痛みや不安を隠すことがあります。
周囲も我慢しているから
「みんな痛い」「これくらい普通」という文化では、自分だけ声を上げることが難しくなります。
過去に否定されたから
以前に「気にしすぎ」「弱い」「休みたいだけ」と返された経験があると、次の相談はさらに難しくなります。
何を言えばいいか分からないから
子どもは、痛みや不安を正確な言葉で説明できるとは限りません。「なんか変」「怖い」も大切な情報です。
相談後が怖いから
先生や仲間との関係が悪くなる、噂になる、チームから外されるなど、報告後の不利益を心配することがあります。
痛みを言えることは、怪我を防ぐための情報共有
痛みの申告を「弱さ」や「やる気」の問題にしないことが重要です。
痛みは評価ではなく情報
「痛いと言った=根性がない」ではなく、練習負荷や身体の状態を考えるための情報として扱います。
小さな違和感の段階で言える
「動けなくなってから」ではなく、「少し気になる」の段階で伝えられる方が、練習調整の選択肢を持ちやすくなります。
申告後に罰をつくらない
相談したこと自体を理由に冷たくする、責める、仲間の前で批判するなどの反応は、次の申告を難しくします。
「できること」を一緒に探す
休む/続けるの二択だけでなく、内容の変更、専門家への相談、段階的な復帰などを考えます。
「痛い」だけでなく、「怖い」「嫌だ」「分からない」も言っていい
安全に関する情報は、身体の痛みだけではありません。
「この技が怖い」
恐怖を責めるのではなく、技術・準備・補助・疲労・過去の経験など、背景を一緒に確認します。
「この触られ方が嫌」
身体接触を伴う補助は、目的や方法を説明し、不快感や拒否を伝えられる環境を整えます。
「その言い方がつらい」
技術指導のつもりでも、言葉が選手にどう届いたかを確認する余地を持ちます。
「体型の話をされたくない」
体重や体型に関する声かけは、栄養や心理的健康とも関係します。必要性と専門性を慎重に考えます。
「あの人と一緒だと不安」
仲間関係、いじめ、からかい、指導者との関係なども、安全な練習環境に影響します。
「うまく説明できない」
理由を言語化できなくても、「いつもと違う」「なんか嫌」という感覚を入口にします。
先生の「最初の30秒」が、次も言えるかを左右する
すぐに結論を出すより、まず「伝えてよかった」と感じられる反応を返します。
1|まず感謝する
「言ってくれてありがとう」と伝えます。相談すること自体が望ましい行動だと明確にします。
2|頭ごなしに否定しない
「大丈夫」「気にしすぎ」と先に判断せず、何が起きているかを確認します。
3|今すぐ安全が必要か確認する
痛みが強い、危険を感じている、誰かから傷つけられているなど、緊急性がある場合は安全確保を優先します。
4|一緒に次を決める
練習内容を変える、保護者へ共有する、別の担当者へ相談する、専門家につなぐなど、次の行動を説明します。
「次は言えない」をつくる言葉/「また言っていい」をつくる言葉
一つの返し方が、教室の文化になります。
言いにくくなりやすい返し
- 「みんな痛いよ」
- 「それくらい我慢できるでしょ」
- 「試合前なのに困るな」
- 「また?気にしすぎじゃない?」
- 「やる気がないなら帰っていいよ」
- 「誰にも言わないから全部話して」
言いやすくなりやすい返し
- 「言ってくれてありがとう」
- 「いつから気になっていた?」
- 「今できることを一緒に考えよう」
- 「今日は内容を変えてみよう」
- 「必要なら別の先生や保護者にも相談しよう」
- 「安全のため、必要な人と共有する場合は先に説明するね」
相談先を「先生一人」にしない
その先生との関係について悩んでいる時、本人には相談できません。
担当指導者
日常の痛みや練習上の不安を最初に共有できる窓口。
別の指導者・責任者
担当指導者には話しづらい内容を相談できる別ルート。
保護者・信頼できる大人
子ども自身から教室へ伝えにくい時に、一緒に整理して伝えられる存在。
外部専門家・相談窓口
医療、心理、 safeguarding など、教室内だけで扱わない方がよい相談をつなぐ先。
・児童相談所虐待対応ダイヤル 189:虐待かもしれないと感じた時に、全国共通で児童相談所へつながります。匿名相談も可能です。
・児童相談所相談専用ダイヤル 0120-189-783:こどもの福祉に関する様々な相談を受け付けています。
・文部科学省「24時間子供SOSダイヤル」 0120-0-78310:いじめその他のこどものSOSについて、24時間相談できます。
・日本体操協会「ハラスメント相談窓口」:協会登録選手がパワハラ・セクハラに遭った場合の相談窓口が設けられています。
相談内容や所属状況によって適切な窓口は異なります。緊急の危険がある場合は、教室内の手順だけで完結させず、警察・救急等を含む適切な機関へつなぎます。
日々のレッスンで「言える練習」をしておく
重大な問題が起きた時だけ「何でも言ってね」と言っても、急には話せません。
レッスン前に状態を聞く
「今日は身体どう?」「昨日から気になるところある?」と、状態を伝えることを日常化します。
小さな選択肢を持たせる
「今日はここまでにする」「別メニューにする」など、自分の状態を反映できる経験をつくります。
先生への意見も歓迎する
「分かりにくかった」「怖かった」と言われた時に、反論ではなく改善の情報として受け取ります。
人前で言いにくい話の場をつくる
全員の前では言えない相談もあります。安全に配慮した個別の相談方法を用意します。
相談したことを不利益にしない
報告した選手を「面倒な子」と扱わないこと。報復や仲間外れを許容しない姿勢を示します。
翌日・翌週に確認する
相談を一度聞いて終わりにせず、「その後どう?」と継続して状態を確認します。
「優しい先生」に頼らず、教室の仕組みにする
担当者が変わっても、相談しやすさが維持される仕組みをつくります。
担当指導者以外にも相談できる連絡先や担当者を示します。
痛みを言ったことを責めない、状態確認後に負荷を調整するなど、基本対応を共有します。
補助や身体への接触について、目的・方法・拒否の伝え方を整理します。
許容しない行為、相談方法、対応責任者を明確にします。
どのような時に保護者へ連絡するか、緊急時の連絡方法を決めます。
相談内容そのものだけでなく、どのように対応し、その後どうなったかを適切に管理します。
重大な相談を受けた時、「先生が全部調べる」必要はない
虐待・ハラスメント・重大な安全上の懸念を含む相談では、聞き方とつなぎ方も重要です。
落ち着いて聞く
驚きや怒りをぶつけず、話してくれたことを受け止めます。
安全を確認
今すぐ危険がないか、身体的・心理的な安全を優先します。
誘導して聞き出さない
自分で真偽を判断するために、必要以上の事情聴取をしません。
秘密を約束しすぎない
安全確保のため、必要な担当者や専門機関へ共有する場合があることを説明します。
適切な先につなぐ
教室の方針や適用される法令に従い、責任者・保護者・専門家・関係機関等へつなぎます。
「言える教室」を考える参考資料
選手の声を聞くこと、報告ルートを持つこと、報復を許容しないことは、国際的なセーフスポーツの重要な要素です。
こども家庭庁|こども性暴力防止「横断指針」
法の対象外となる教育・保育等事業者も参照できる指針。相談窓口の周知、相談後のフロー、組織的な防止措置を整理しています。
公式情報を見るこども家庭庁|こども性暴力防止法
2026年12月25日施行。事業者向けガイドライン、Q&A、研修教材、事案発生時対応資料等が公開されています。
公式情報を見る児童相談所虐待対応ダイヤル「189」
虐待かもしれないと感じた時に全国共通で児童相談所へ相談・通告できる窓口。匿名での相談も可能です。
公式情報を見る文部科学省|24時間子供SOSダイヤル
いじめその他のこどものSOSについて、夜間・休日を含め24時間相談できる全国共通ダイヤルです。
公式情報を見る日本体操協会|ハラスメント相談窓口
日本体操協会に登録する選手がパワハラ・セクハラに遭った場合の相談窓口が設けられています。
公式情報を見るHarassment and abuse in sport
スポーツにおける権力差、沈黙、心理的虐待、開示の難しさ、組織の対応についてまとめたIOCコンセンサスです。
資料を見るSafeguarding Athletes Toolkit
スポーツ団体が、相談・報告・対応手順や予防策を整えるためのIOCの safeguarding toolkitです。
資料を見るResponding to Disclosure
相談を受けた時の初期対応、報告、報復への注意などを整理したU.S. Center for SafeSportの資料です。
資料を見るAn Informed Response to Abuse
報告をためらう理由の一つである報復への恐れや、組織が取るべき対応について整理されています。
資料を見る新体操安全コーチ資格
身体の安全だけでなく、心理、ハラスメント、コーチング、成長期、栄養などを横断し、選手が安心して学べる環境づくりを考えます。
資格・カリキュラムを見る「何かあったら言ってね」を、言える仕組みへ
選手が痛みや不安を伝えた時、それを指導への反抗ではなく、安全をつくるための情報として受け取る。 そして、先生一人に頼らず、教室全体で声を受け取れるようにする。 それが、長く安心して新体操を続けられる環境につながります。