新体操選手とRED-Sエネルギー不足が身体と競技力に与える影響
練習量は増えているのに、食事量は変わらない。学校から練習へ直行して、食べる時間がない。体重を気にして主食を減らしている。こうした状態が続くと、身体は競技に必要なエネルギーだけでなく、成長・月経・骨・免疫・回復へ使うエネルギーまで不足する可能性があります。
結論|RED-Sは「やせすぎ」だけでなく、身体と競技力の土台が不足する問題です
RED-Sは、運動量に対して利用できるエネルギーが長期間または重度に不足し、代謝、月経・生殖機能、骨、免疫、血液、心血管、消化器、心理、回復、競技力などへ有害な影響が蓄積する臨床的な症候群です。
IOCの2023年合意声明では、RED-Sを、問題のある低エネルギー利用可能性によって女性・男性アスリートの生理的・心理的機能が損なわれる症候群と定義しています。体重減少や無月経だけを見ればよい問題ではありません。
また、食事制限や摂食障害がなくても、練習量の増加、学校や移動による長い食事間隔、食欲不足、補食環境の不足などによって、意図せずエネルギーが足りなくなることがあります。指導者は体重ではなく、月経、怪我、疲労、回復、集中、食事環境の変化へ気づく必要があります。
利用可能エネルギー不足とRED-Sを分けて考える
食事で摂ったエネルギーは、練習だけでなく、体温維持、脳、心臓、免疫、消化、成長、月経、骨、回復などへ使われます。運動で大量に消費した後に、身体の基本機能へ回せるエネルギーが少なくなる状態が利用可能エネルギー不足です。
現場での正確な計算は難しく、単一の数字だけでRED-Sを診断することはできません。
利用可能エネルギー不足(LEA)
運動後に身体機能へ回せるエネルギーが少ない状態です。短期間で軽く、速やかに回復する適応的な場合と、長期・重度で問題となる場合があります。
問題のあるLEA
長く続く、重い、回復が不十分、本人の成長・心理・健康状態に合わない等により、身体や心へ有害な変化が生じる状態です。
RED-S
問題のあるLEAによって、複数の生理・心理機能と競技パフォーマンスが損なわれた状態を、医療的に総合評価する症候群です。
「痩せようとしていない」選手にも、エネルギー不足は起こります
新体操選手の食べ不足は、体重を減らすための意図的な制限だけではありません。特に成長期は、本人が気づかないまま必要量が増えていることがあります。
意図的に起こる例
- 体重・体脂肪率を落とすため主食を抜く
- 「細い方が評価される」と食事を減らす
- 食べた分を追加運動で消費する
- 水分を制限して計量前の数字を下げる
意図せず起こる例
- 学校から練習へ直行し、補食時間がない
- 練習量だけ増え、食事量が変わらない
- 疲労・緊張・胃腸症状で食欲が落ちる
- 成長に必要なエネルギーを見落とす
RED-Sが身体と心へ与え得る影響
すべての選手に同じ症状が出るわけではありません。複数の領域が相互に影響します。
代謝・体温
基礎代謝の抑制、寒さ、疲労、回復低下等が起こる可能性があります。体重が変わりにくくなる場合もあります。
月経・生殖機能
初経の遅れ、周期の乱れ、出血量の変化、無月経等がみられる場合があります。ホルモン剤使用時は評価が難しいこともあります。
骨の健康
骨形成の低下、骨密度低下、骨ストレス障害・疲労骨折のリスク増加につながる可能性があります。
免疫
風邪や感染症を繰り返す、体調が戻りにくい等、練習継続へ影響する場合があります。
血液・循環
鉄欠乏、貧血症状、心拍や血圧の変化、息切れ、めまい等がみられる場合があります。
エネルギー貯蔵
筋グリコーゲンの回復が不十分になり、連日の練習や演技後半のエネルギーが不足しやすくなります。
消化器
便秘、腹部不快感、胃腸機能の変化が起こり、それがさらに食べにくさを強める場合があります。
筋・回復
筋力やトレーニングへの適応、組織修復が低下し、怪我からの復帰が遅れる可能性があります。
心理
不安、抑うつ、イライラ、集中低下、体型への執着等が、原因にも結果にもなり得ます。
エネルギー不足は、競技力を上げる近道ではありません
一時的な体重変化と、長期的な競技力を分けて考えます。
練習効果が得にくい
同じ練習をしても、筋力・持久力・技術へ適応するための材料と回復が不足します。
演技後半に動けない
グリコーゲン回復が不十分になり、移動速度、集中、手具操作、姿勢の維持が落ちる可能性があります。
筋力・パワーの低下
ジャンプ、脚の保持、着地、投げ受け等に必要な出力と支持力が低下する場合があります。
集中・判断の低下
振付、空間認知、タイミング、手具への反応、ミス後の判断へ影響し得ます。
怪我による中断が増える
骨ストレス障害、回復遅延、体調不良が重なると、練習時間と試合機会を失います。
競技を続ける力が失われる
不安、燃え尽き、食事・体型への恐怖が強まり、競技生活全体が不安定になります。
指導者が知っておきたい8つのサイン
一つで診断せず、以前との変化、複数のサイン、持続期間を見ます。
演技後半に急に動けない
集中、移動、手具操作、姿勢が崩れ、補食や休養を取っても回復しにくい。
疲労と筋肉痛が残る
翌日も強い疲労が続く、連日の練習で回復しない、以前と同じ練習量に耐えられない。
月経が変化する
初経が来ない、周期が乱れる、出血量が変わる、3か月以上月経がない。
骨・怪我の問題が増える
骨の局所痛、疲労骨折、同じ怪我の反復、治癒や復帰の遅れ。
寒さ・めまい・息切れ
練習中のふらつき、頭痛、立ちくらみ、強い寒さ、心拍や血圧の変化、貧血症状。
体調不良を繰り返す
感染症、胃腸症状、便秘、傷の治りにくさ、体調が戻るまでの時間が長い。
食事・体型・運動への執着
主食を避ける、体重を何度も測る、休養日に動き続ける、食べた分を運動で消費する。
心理・学校生活の変化
イライラ、不安、抑うつ、集中低下、睡眠問題、友人との交流減少、学業への影響。
一時的な疲労と、エネルギー不足のリスクを比較する
試合期の疲れをすべてRED-Sと決めず、回復の仕方と複数領域の変化を見ます。
| 確認項目 | 比較的回復する一時的疲労 | RED-Sリスクを疑う変化 | 対応 |
|---|---|---|---|
| 疲労 | 休養・食事・睡眠で数日以内に改善 | 長く続き、練習量を下げても戻りにくい | 食事・負荷・医療面を評価 |
| 演技 | 特定日のみ後半に低下 | 継続的に集中・出力・技術が低下 | 補食、練習量、血液等を確認 |
| 月経 | 普段の周期が維持される | 初経遅延、周期変化、無月経 | 婦人科・小児科へ相談 |
| 骨・怪我 | 通常の筋肉痛で回復する | 骨の局所痛、疲労骨折、反復する怪我 | 運動中止・整形外科評価 |
| 体調 | 風邪等から通常どおり回復 | 感染症、寒さ、めまい、便秘等が重なる | 全身状態と栄養を評価 |
| 食事 | 練習量に合わせ柔軟に増やせる | 食事を増やせない、怖い、補食を避ける | 栄養・心理の専門支援へ |
| 心理 | 休養への罪悪感が強くない | 休むと太ると考え、怪我でも運動する | 運動を管理し心理評価へ |
| 期間 | 負荷後に回復の波がある | 複数の症状が数週〜月単位で持続 | 指導者判断で様子を見続けない |
新体操でエネルギー不足が起こりやすい6つの場面
選手の意志だけでなく、スケジュールと指導環境を見直します。
1. 学校から長時間練習へ直行
2. 試合前に練習量だけ増える
3. 「身体を軽くする」ため主食を減らす
4. 成長期の必要量が増える
5. 怪我中も食事を減らす
6. 体重測定と体型発言が日常化
RED-Sを予防する指導環境|8つの原則
選手へ「もっと食べて」と言うだけでなく、食べられる仕組みをつくります。
負荷と補給を同時に計画する
練習量を増やすときは、食事、補食、水分、睡眠、休養も同じ計画表へ入れます。
食事間隔を確認する
学校、移動、練習、帰宅までの時間を見て、長時間食べられない区間を減らします。
主食と脂質を悪者にしない
炭水化物や脂質を一律に制限せず、練習量と成長へ必要なエネルギーを確保します。
体重・細さを褒めない
減量を努力の証明にせず、練習の質、回復、健康、技術の再現性を評価します。
月経を健康情報として扱う
恥ずかしい話題にせず、本人が安全に相談でき、婦人科へつながる環境をつくります。
怪我と疲労を記録する
骨の痛み、反復する怪我、感染症、回復時間を継続的に確認します。
摂食障害と区別して評価する
意図しない食べ不足も含め、医療・栄養・心理の専門家が原因と重症度を評価します。
安全な復帰基準を持つ
体重だけで復帰を許可せず、身体所見、骨、月経、食行動、心理、競技機能を医療チームが判断します。
RED-Sを疑ったときの5段階
指導者が計算・診断するのではなく、観察と連携を進めます。
変化を記録
疲労、演技、月経、怪我、食事、体調、心理の事実を記録します。
個別に確認
体重を責めず、学校・移動・練習で食べられているか、困りごとを聞きます。
保護者と共有
未成年者では、本人の尊厳を守りながら早期に事実と懸念を共有します。
医療へつなぐ
医師を中心に、栄養・心理・婦人科・整形外科等が必要な評価を行います。
負荷と環境を調整
医療方針に従い、練習・出場・休養・補食・計量・体型発言を見直します。
練習を止め、早急に医療評価を優先したいサイン
緊急性がなくても、月経異常、骨の痛み、怪我の反復、慢性疲労、食事への恐怖、競技力低下が続く場合は、指導者判断で長く様子を見ず医療機関へ相談します。
身体と競技力の両方を、多職種で支える
指導者が食事・診断・復帰を一人で決めない体制をつくります。
医師・医療職
全身状態、月経、骨、血液、心血管、病気、競技参加・復帰の安全性を評価します。
栄養専門職
成長、学校、移動、練習へ合わせ、食事・補食・回復を個別に設計します。
心理・摂食支援
体型への不安、完璧主義、食事制限、摂食障害、競技環境を支援します。
指導者・保護者
飲水・補食・休養環境を整え、治療計画を守り、体重や食事で責めない関わりを続けます。
RED-Sについて、よくある6つの思い込み
食事・月経・摂食障害・体重管理をあわせて確認する
RED-Sを一つの症状だけで捉えず、関連する健康課題をシリーズで学びます。
新体操選手の食事|練習できる身体をつくる基本
主食、たんぱく質、脂質、補食、水分等を、痩せるためではなく練習・回復・成長のために整理しています。
食事の記事を見る新体操と摂食障害|指導者が知っておきたい初期サイン
食事制限、過食・嘔吐、過活動、体型への執着、月経・怪我・心理の変化と、専門支援へのつなぎ方を解説しています。
摂食障害の記事を見る新体操選手の体重管理|数字だけを見てはいけない理由
体重、BMI、体脂肪率の限界、未成年者の測定、公開計量と、体重以外に見るべき指標を整理しています。
体重管理の記事を見るジュニアと指導者のための婦人科ガイド
初経、月経不順、無月経、エネルギー不足、骨の健康と、婦人科へ相談したいサインを整理しています。
婦人科ガイドを見るからだとこころのセルフチェックガイド
食事、月経、疲労、痛み、気持ちの変化へ本人が気づき、指導者や保護者へ伝える入口です。
セルフチェックを見る日本スポーツ協会|女性スポーツ
RED-Sを反映した女性スポーツ指導者ハンドブックや、月経セルフチェックシート等の公式資料が公開されています。
女性スポーツ資料を見るバレエ安全基準
体型を比較しない、痛み・月経・心の変化へ対応する、NOと言える、専門家と連携する安全環境を確認できます。
安全基準を見る新体操安全コーチ資格
栄養、RED-S、摂食障害、婦人科、心理、整形外科学、トレーニング等を専門家から学び、エネルギー不足へ気づき、安全な食事・練習環境と多職種連携をつくる力を育てます。
資格・カリキュラムを見る軽くする指導から、エネルギーのある選手を育てる指導へ
身体・月経・骨・心理・競技力を一緒に守るために。
新体操安全コーチ資格では、身体の安全、心の安全、未来の安全を軸に、栄養学、RED-S、摂食障害、婦人科、心理、整形外科学、トレーニング理論等を専門家から学びます。
指導者が体重や食事量を独自に管理するのではなく、月経、怪我、疲労、回復、心理、練習環境の変化へ気づき、本人・保護者・専門家と連携できる指導を目指します。
新体操選手とRED-Sについて、よくある質問
定義、摂食障害との違い、体重、月経、競技力、診断、練習継続、回復について回答します。
Q1. RED-Sとは何ですか?
RED-SはRelative Energy Deficiency in Sportの略で、日本語ではスポーツにおける相対的エネルギー不足と呼ばれます。運動量に対して利用できるエネルギーが長期間または重度に不足し、代謝、月経・生殖機能、骨、免疫、血液、心血管、心理、回復、競技力などへ悪影響が生じる臨床的な症候群です。
Q2. 利用可能エネルギー不足とRED-Sは同じですか?
同じではありません。利用可能エネルギー不足(LEA)は、運動後に身体の基本機能へ回せるエネルギーが少ない状態です。短期間で軽く回復可能な場合もあります。RED-Sは、問題のあるLEAが長期間または重度に続き、健康・心理・競技力への有害な影響が蓄積した状態を医療的に評価する概念です。
Q3. 摂食障害がなくてもRED-Sになりますか?
なります。体型を変えるための食事制限だけでなく、学校や移動で食事時間がない、練習量が急増した、補食を準備できない、食欲が追いつかない、栄養知識が不足している等の意図しない食べ不足でも起こり得ます。
Q4. 体重が減っていなければRED-Sではありませんか?
体重だけでは判断できません。身体が代謝を抑えることで体重変化が小さくても、月経異常、骨ストレス障害、疲労、回復低下、感染症、気分変化等が起こる場合があります。体重やBMIだけで除外せず、医療職が複数の情報から評価します。
Q5. 月経が来ていればRED-Sの心配はありませんか?
月経があることだけでRED-Sを否定できません。周期や出血量の変化が見えにくい場合や、ホルモン剤の使用で自然な月経状態を評価しにくい場合もあります。また、RED-Sは骨、免疫、血液、代謝、心理、競技力など広い領域へ影響します。
Q6. RED-Sになると競技力は必ず下がりますか?
すぐに分かりやすく下がるとは限りません。初期には体重減少や一時的な相対出力の変化があっても、長期的・重度のエネルギー不足では、トレーニング反応、グリコーゲン回復、持久力、筋力、集中、判断、回復が損なわれ、怪我や病気による練習中断が増える可能性があります。
Q7. 指導者がLEAF-Qなどの質問票で診断できますか?
できません。質問票はリスクのスクリーニングに役立つ場合がありますが、RED-Sを確定する単一検査ではありません。食事量や消費エネルギーの計算にも誤差があり、医師を中心とした専門チームが問診、診察、月経、骨、血液、心理、食行動等を総合評価します。
Q8. RED-Sが疑われる選手は、練習を続けてもよいですか?
競技参加の可否は症状と医療評価によって異なります。失神、重い徐脈・低血圧、骨ストレス障害、重度の摂食障害等では運動が危険になる場合があります。指導者が自己判断で続けさせず、医師のリスク評価と治療・復帰計画に従います。
Q9. RED-Sを防ぐために、指導者は何ができますか?
飲水・補食時間を確保し、学校・移動を含む一日の食事間隔を確認します。体重や細さを褒めず、練習量の急増を避け、月経、怪我、疲労、回復、気分の変化へ気づきます。異変があれば食事を命じるだけでなく、保護者・医療・栄養・心理の専門家へつなぎます。
Q10. RED-Sは治りますか?
原因と重症度によりますが、エネルギー摂取と運動負荷のバランスを回復し、月経・骨・心理・摂食障害等へ適切に対応することで改善が期待できます。回復には時間がかかる場合があり、体重だけで治癒を判断せず、医療チームが健康と競技機能を継続評価します。
参考にした研究・公式情報
- 2023 International Olympic Committee’s consensus statement on Relative Energy Deficiency in Sport
- IOC RED-S consensus statement|PubMed
- Low Energy Availability Followed by Optimal Energy Availability Does Not Benefit Performance in Trained Females
- Female Athlete Triad and RED-S: Nutritional Management
- Body Composition, Dietary Intake and Risk of Low Energy Availability in Elite Rhythmic Gymnasts
- Low energy availability and low body fat of female gymnasts before an international competition
- Low energy availability in female athletes: From the lab to the field
- 日本スポーツ協会「女性スポーツ」
- 女性スポーツ促進に向けたスポーツ指導者ハンドブック改訂
※本記事は一般的な教育・安全情報です。RED-S、利用可能エネルギー不足、摂食障害、月経異常、骨ストレス障害等は、記事や指導者の観察だけで診断できません。症状や心配な変化がある場合は、医師、管理栄養士・公認スポーツ栄養士、心理職等へご相談ください。
エネルギーのある身体が、長く競技を続ける力になります
食べられること。回復できること。月経と骨が守られること。怪我から戻れること。集中して演技できること。そして、食事や体型を怖がらず競技を続けられること。そのすべてが競技力の土台です。