「もっと痩せたい」と言い始めた生徒に、
コーチは何と答える?体重の数字ではなく、その言葉の背景から考える
「先生、私、もっと痩せたほうがいいですよね?」──新体操の練習や大会前に、そんな言葉を聞いたことはありませんか。コーチが体重の正解を決める必要はありません。本人の不安を聴き、技術の課題と健康を切り分け、必要なら専門家へつなぐ。そのための声かけと判断を整理します。
新体操の上達を願う気持ちと、生徒の身体を守ることは両立できます。
「痩せたい」という言葉の後ろには、いくつもの理由があります。
「痩せたい」という言葉だけで摂食障害と決めつけることはできません。一方で、思春期は摂食障害が生じやすい時期であり、強いやせ願望や極端なダイエットが健康問題につながることもあります。
鏡・演技衣装
練習中のレオタードや大会衣装、演技映像から、自分の身体を厳しく見てしまう。
周囲との比較
同じクラブの選手、代表選手、SNSで見た演技や写真と、自分を比べてしまう。
大会・選抜への不安
団体メンバーの選考や競技会の結果を、技術や経験ではなく「体型のせい」と捉えている。
食事や体重への強いこだわり
体重の数字や食事の制限、追加トレーニングに対するこだわりが強くなっている。
「もっと痩せたい」と言われたとき、コーチにできる5つのこと。
診断や減量指導ではなく、会話と観察、そして必要な支援への橋渡しです。
「どうしてそう思ったの?」と、理由を聴く
すぐに否定も同意もせず、「何かきっかけがあった?」「練習していて困っていることがある?」と尋ねます。人前で体型の話を掘り下げず、本人が話したくないときは無理に答えさせません。
体重と、技術や演技の課題を切り分ける
例えば「ジャンプの質が落ちた」「バランスが保てない」「演技衣装が気になる」など、何に困っているかを具体化します。技術の課題なら、筋力、軸、手具操作、練習負荷、疲労、回復など、体重以外に考えられる要素があります。
目標体重・カロリー・食事制限をコーチが決めない
「あと2kg」「炭水化物を抜こう」「夜は食べないで」などの個別の減量指示は、コーチの役割を超えます。成長期では身体の変化も大きく、一律の体型基準で判断することはできません。
「言葉」だけでなく、その後の変化を見る
食事を抜く、体重へのこだわりが強まる、過度な追加運動が増える、疲労やめまいが目立つ、月経の変化がある、骨の痛みを繰り返すなどの変化に注意します。これらは診断のためではなく、専門家への相談につなぐ手がかりです。
健康が心配なら、放置せず専門家へつなぐ
未成年の場合は、本人の気持ちと安全に配慮しながら、保護者や適切な支援者と共有します。家庭に相談しにくい事情があるときは、養護教諭や医療機関など別の安全な経路も検討します。摂食障害やREDsと決めつけたり、相談を先延ばしにしたりする必要はありません。
身体への言葉は、生徒の感じ方を大きく変えます。
とくに「痩せたね」「細くなってきれい」といった一見肯定的な言葉も、体重減少そのものを評価されたと受け取られることがあります。
こんな言葉なら、話を続けやすい
- 「どうしてそう思うようになったの?」
- 「演技や練習で、何か困っていることがある?」
- 「体重だけで、演技や技術の良し悪しは決められないよ」
- 「食事や身体のことが気になっているなら、一緒に相談できる人を考えよう」
- 「今は何kgにするかより、健康で練習できているかを大切にしよう」
避けたい言い方
- 「あと2kgくらい落としたら?」
- 「その体型じゃ選手として上を目指せないよ」
- 「食べなければすぐ痩せるよ」
- 「最近痩せたね。すごくきれい」
- 「全然太ってないんだから、気にしすぎ」
迷ったときに使える、最初の声かけ。
「正しい答え」を一度で言うことより、生徒が次も話せる関係を残すことが大切です。
「もっと痩せたい」のあと、変化が続いていないか。
一つだけで摂食障害やRED-Sと判断するものではありません。ただし複数が重なったり、強くなったりする場合には、専門家への相談を考える手がかりになります。
食事を極端に減らす
欠食が増える、特定の食品を強く避ける、食べることへの不安や罪悪感が強くなる。
体重・体型へのこだわり
何度も体重を確認する、鏡で身体を確認し続ける、少しの変化で強く落ち込む。
運動を止められない
通常練習の後も自主練や有酸素運動を過度に追加し、休養日に強い不安や罪悪感を感じる。
体調の変化
疲れやすい、めまい、冷え、集中しづらいなど、以前と違う状態が見られる。
月経・怪我の変化
月経の遅れ・停止、骨の一点の痛み、ジャンプや着地に伴う痛み、繰り返す怪我など。
気持ち・人間関係の変化
食事場面を避ける、以前より不安や落ち込みが強い、人との関わりを避ける。
失神・胸痛・意識の変化などがあれば練習を中止し、救急対応を優先
失神、胸痛、呼吸困難、意識の変化、著しい衰弱、繰り返す嘔吐、自傷や自殺の危険などがある場合、演技を続けられるかではなく安全確保を最優先します。緊急性が高い場合は119番などの救急支援につなぎます。
コーチにできることと、コーチだけで決めないこと。
「何もしない」と「すべて自分で解決する」の間に、コーチとしてできる大切な仕事があります。
コーチにできること
- 生徒の話を否定せず聴く
- 体型ではなく、健康と技術・演技の課題を話し合う
- 食事や体調、練習行動の変化に気づく
- 体型をからかったり、人前で評価したりしない教室文化をつくる
- 必要に応じて保護者や専門家につなぐ
- 医療専門職の助言を練習内容や参加方法の調整に反映する
コーチだけで決めないこと
- 「あなたは太っている/痩せている」という医学的評価
- 目標体重や減量幅
- カロリー制限や個別の食事療法
- 摂食障害やRED-Sの診断
- 体調に問題がある生徒の運動可否を医学的に判断すること
- 本人の健康問題をコーチ一人だけの秘密として抱えること
新体操コーチが迷いやすい質問
体型と健康の話は、簡単な「正解/不正解」では整理できません。
「痩せる必要ないよ」と言って安心させるのはダメですか?
必ずしも悪い言葉ではありませんが、それだけで終えると、本人が感じている不安の理由を聞けないことがあります。「どうしてそう思った?」と背景を確認し、体重以外の困りごとへ話を広げるほうが、その後の支援につながります。
見た目が普通なら、摂食障害の心配はありませんか?
見た目や体重だけで判断はできません。摂食障害や問題のある食行動は多様で、本人の食行動、体重・体型へのこだわり、運動行動、身体症状などを含めて専門的に評価されます。
競技会を目指すなら、体型について指導する必要もあるのでは?
技術上の課題や演技衣装の着用条件を説明することと、コーチが未成年の生徒へ一律の減量を指示することは異なります。ジャンプ、柔軟、バランス、手具操作などの課題を具体的に伝え、栄養・体重の医学的管理が必要な場合は医師やスポーツ栄養に詳しい管理栄養士へつなぎます。
保護者にはいつ伝えますか?
未成年で、食事制限や体調変化など健康上の心配がある場合は、本人に目的を説明した上で、プライバシーと安全に配慮して保護者や適切な支援者につなぎます。家庭が安全な相談先ではない事情がある場合は、養護教諭や医療機関なども検討します。
新体操コーチが栄養について勉強する意味はありますか?
あります。ただし、コーチが個別の食事療法や体重管理を指示できるようになるためではありません。成長期のエネルギー不足、摂食障害やREDsのサイン、自身の専門領域の限界を知り、適切な専門家へつなぐために学びます。
主な参考資料
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「若い女性の『やせ』と健康・栄養問題」
- 厚生労働省「こころもメンテしよう:摂食障害」
- 日本摂食障害学会/Academy for Eating Disorders「摂食障害 医学的ケアのためのガイド」
- International Olympic Committee「2023 IOC consensus statement on Relative Energy Deficiency in Sport (RED-S)」
- American Academy of Pediatrics「Identification and Management of Eating Disorders in Children and Adolescents」
- 摂食障害情報ポータル(国立精神・神経医療研究センター)
生徒の「もっと痩せたい」を、コーチ一人で抱え込まないために。
身体、心、栄養、成長、女性の健康。新体操の現場には、競技指導だけでは判断しきれない場面があります。
コーチがすべてを解決するのではなく、変化に気づき、生徒の話を聴き、安全を確保し、必要な専門家につなぐことも大切な指導力です。
新体操安全コーチ資格は、指導者の安全知識を育てる民間教育プログラムです。医療資格や診断・治療の提供を意味するものではありません。